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KATCATの巣

ふしあわせという名の猫がいる-だから私はいつもひとりぼっちじゃない

歴史の楽しみ方の2パターン

 突然ですが、僕は歴史が大好きです。高校の歴史の成績はよくなかったですが、それでも歴史小説は楽しんでいました。

 

 今もっともホットな歴史作品は、やはりNHK大河ドラマ真田丸』ですよね。先週の「犬伏」は大変素晴らしい出来でした。

 とうとう陣営が分かれてしまった真田一族、来週からはどうなるのでしょうか。歴史好きなので今後の流れはわかるのですが、それでも楽しみです。

 

 それ以外にも小説なら『のぼうの城』で有名な和田竜先生の作品、漫画なら『風雲児たち』や『へうげもの』など、映画では『超高速参勤交代』の続編が出て、城郭研究家の西股総生先生が『TEAMナワバリング』を結成しイベントやグッズ販売を行うなど歴史好きとしてドキドキがとまらない状況が続いています。

 

 数年前から「歴女」とかいう言葉も出てきましたし、最近では刀剣好きの女性も増えているようで、歴史好きな人たちが増えているようで嬉しい限りです。

 

 

 

 

 ですが、歴史好きとしてそのような人たちの言動を見ていると、妙に息苦しく感じることあるのです。

 

 たとえば先ほど挙げた「歴女」ですが、この人たちを浅いとかミーハーと馬鹿にするような人たちがいたり、ゲーム『戦国無双』『戦国BASARA』のファンを嘲笑する人がいたり。

 または、時代考察の人を「史実と違う。ちゃんと仕事しろ」と攻め立てる人がいたり。

 

 歴史は楽しいのですが、このような他人を馬鹿にしたり攻撃したりする雰囲気が歴史好きのあいだで感じられるために息苦しく感じるです。

 

 

 

 

 なぜそのような雰囲気になってしまうのか。大雑把に「歴史好き」とまとめていますが、歴史の楽しみ方は大きく分けて2通りあります。2通りあるのに一つにまとまっているために、その違いが可視化されずにお互いが理解できずに息苦しい雰囲気になるのではないかと考えました。

 

 なので、「歴史好き」にも2通りの楽しみ方、「歴史学好き」と「歴史物語好き」があることが広まり、お互いにその楽しみ方を尊重することが出来たら、歴史好きの雰囲気がより楽しいものになるのではと思ったのです。

 

 

 

 

 「歴史学好き」とは、学問としての歴史の楽しみ方が好きな人たちです。

 

 学問としての歴史の楽しみ方とは、例えば有名な「鉄砲三段打ち」、これが本当にあったのかどうかが気になって調べたり。

 あるいは「本能寺の変」、なぜ明智光秀が謀反を起こしたのか今でも謎ですが、その謎を解くべく史料を精査したりとか。

 

 このように歴史の事実を確認したり、謎を調査したり、このような楽しみ方のことです。

 

 念のために追加説明いたしますと、中高等での「年表を覚える歴史」は学問としての歴史とはちょっと違います。「歴史学=暗記」と勘違いしている人も大勢いますが、それは学問としての歴史を楽しむための前段階です。

 事実確認をしたり謎を調査するためには、今現在の事実と言われていることをきちんと理解することが前提条件ですのでそのためにはどうしても暗記が必要になってしまいます。

 学問としての歴史の楽しみ方は暗記することではなくて、暗記した後の楽しみなのです。

 

 学問としての歴史を楽しむために優先されることは、なんだかんだいっても学問ですので、やはり「事実」になると考えます。

 

 

 

 

 「歴史物語好き」とは、もうそのまま物語としての歴史を楽しむことです。そのまますぎて説明になっていませんが、そのままなので説明できない。困った。

 

 歴史上の人物の波乱万丈な人生を楽しんだり、今ではない過去のエキゾチックな時代に酔ったり、時代の流れに翻弄されつつも懸命に生きた人々の群集劇を味わったり。

 このように歴史の中に現れるさまざまな物語を味わう楽しみ方のことです。

 

 物語としての歴史を楽しみむために優先されることは、基本的には物語=エンターテイメントですので、「面白さ」になってきます。

 

 いままで書いてきたことを比較表にすると大体こんな感じになるのではないでしょうか。

 

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 「正確さ」と「面白さ」。同じ歴史好きという範疇でも、「歴史学好き」と「歴史物語好き」のあいだで優先されることが全然違います。

 

 それにもかかわらず、「歴史好き」としてひとまとめにされた為に、お互いにお互いの違いを理解できずに、嘲笑や攻撃といった息苦しい状況が生まれるのではと考えたのです。

 

 そしてすくなくても歴史には二通りの楽しみ方があることを理解して、お互いの楽しみ方を尊重しあえば「歴史好き」の空間はより楽しくなり、そしてお互いに利益があるのではと思ったのです。

 

 たとえば「歴史学好き」から「歴史物語好き」へは、新しい歴史的事実という歴史物語への新しい題材が提要されます。そうしたら新しい歴史作品が生まれ、より楽しむことが出来ます。

 

 たとえば「歴史物語好き」から「歴史学好き」へは、山本勘助の史料の例にあるようにエンターテイメントとしての歴史物語から多くの人が興味を持つことにより新しい資料の発見につながることもありますし、史跡の保存などにも力になると聞いています。

 

 

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 このようにいままでひとまとめにされていたためにきちんと見えなかったお互いの立ち位置が、お互いに理解してそれぞれ尊重し、お互いに協力し合える関係になれたらいいなと思い、前から感じていた「歴史好きと言っても、大きく分けて2通りの考え方が違う人たちが混じっている」という考えを文章化してみました。