KATCATの巣

ふしあわせという名の猫がいる-だから私はいつもひとりぼっちじゃない

アニメ『がっこうぐらし』7話

 

『がっこうぐらし』7話を見ました。

 

ネタバレ防止と愚痴もあるので折りたたみで対応しています。

 

 

 

 

 

 

 

6話までの感想で「違和感とか気にしながら観るの疲れた」と言いながらも、いまだにそのような見方をしてしまいます。我ながら困ったものですね。

 

とりあえず7話をみて違和感を覚えたので次の仕掛けじゃないかと感じた部分のメモ。

 

本当に違和感を感じただけで、根拠が薄いのですが・・・。ゆきって完全とはいえなくても記憶が戻っていないですか?

 

ゆきのみのシーンでもゾンビ世界の風景になっていたり(全てのシーンって訳ではありませんでしたが)、いつもなら能天気に猪突猛進で部室に飛び込みそうな場面で一息いれるシーンがあったり。めぐねえへの語りかけも、微妙に違和感を感じてしまいましたし。

 

あとは便箋がめぐねえの私物では?って話なのにめぐねえに確認しないでお手紙を書き始めるとか、めぐねえがいないことが前提の行動っぽく見えたり。

 

そのような違和感からゆきの記憶って戻っているのでは?と思ったのですが、証拠というには弱すぎて確信が持てないですし、なによりゆきが一人でいるときでも完全にゾンビ世界になったわけではなく日常学園の風景だったりもするのでやっぱり違うのかなって思ったり。

 

最後に愚痴ですが、冒頭でゾンビが増えているという説明があったのですが、「ゾンビが日常生活のリズムを繰り返している」という設定と矛盾しない?

 

学校にくるリズムが残っているゾンビは有限ですし、減ることはあっても増えることは無いんじゃない?と考えてしまったのです。

 

もちろんいろいろ理屈をつけること自体は出来ますし、最悪「日常生活のリズムを繰り返している」というのも定期観察や研究をしているわけでない女子高生の推測なのでそれが間違っていただけという可能性もあるわけで。

 

だとしたら設定が確定した設定なのかあくまで推測なのかも考えながら視聴しないといけなくなるわけで、ますます疲れてきます。

 

前回も言い訳しましたが疲れた疲れたと言いながらも、それでも楽しんでいます。第一話の仕掛けが理由で視聴を始めたので、どうしても「これが新しい仕掛けなのでは」とアレコレ考えながら楽しく視聴してしまいます。

 

しかしこのような視聴の仕方は疲れてしまいます。仕掛け自体に不満を感じたりもしてしまいます。

 

楽しみながらも、どうしても愚痴も溜まってしまう状況なのです。我侭なことですがそれでも今後も楽しんで視聴したいと思っていますので、たまった愚痴をネットの片隅で吐き出させてください。