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KATCATの巣

ふしあわせという名の猫がいる-だから私はいつもひとりぼっちじゃない

俺屍2 プレイ記録 その5  公人と私人

 

前回はアンケートに回答した話をしました。僕の基本的でもっとも大きな不満は「俺屍のコンセプトを否定したような作品を『俺屍2』として販売してほしくなかった」です。

 

それにはプレイスタイル云々は関係ありません。しかしアンケートを回答したときには「どうせプレイスタイル云々の問題にされるんだろうな」と半分諦めた気分でした。

 

自覚していなかったのですが、製作者に対する信頼感がかなり失われていたことが、このアンケートに回答することで自覚してしまったわけです。

 

思い返せば、まずはじめに製作者に対して不信感を持ったのは、桝田氏がツイッタで

 

そういえば、僕はいつから「公人」になってしまったんだろ。大雑把で個人的見解でかまわないので、ツイッターにおける公人の定義を教えてほしい。その感覚が共有できれば炎上も減るかもしれない。フォロワー数が基準なの?

 

と呟いたことが始まりだと思います。

 

実は、別の理由ではじめたものの放置気味だったツイッタを本格的に利用し始めたのは、2010年に桝田氏の呼びかけで行われた『俺屍2』応援イベントからなのです。

 

ツイッタで応援イベントを開くのでそれに参加してほしい。そして『俺屍』が今でも愛されていることを示してSCEに俺屍続編へ交渉していきたい。という呼びかけだったと覚えています。

 

それ以外にも、遺言の募集を行っていましたし、一族表示は簡易表示を使っているか詳細表示を使っているかの問いかけにも答えたりしていた僕としては、なぜいまさらこんなことを聞くのですか?感が強かったです。

 

確かに辞書的な意味での公人では無いかもしれません。しかし私人・桝田氏というよりはゲーム製作者・桝田氏の立場で、桝田氏のほうから俺屍ファンに近づいて協力を呼びかけたのに、今更「公人ではない」発言は、正直なところ「騙された?利用されただけ?」と感じてしまいました。

 

実は『俺屍2』の発売数ヶ月前から、できるだけ真っ白な状態から思い切り楽しもうと思って情報に触れないようにしてきました。ツイッタに関しても桝田氏が反省会を始めたので、発売後数週間は触れていませんでした。

 

そして「もしかしてこのゲーム、俺屍のコンセプトを否定している?」という状況になり、情報解禁となったところにこの呟きが目に飛び込んできたためにとても頭が混乱してしまったことを覚えています。

 

また、ツイッタの反省会の内容をはじめ、ファミ通俺の屍を越えてゆけ2桝田省治氏×テレビアニメ『ログ・ホライズン』石平信司監督 特別対談完全版』を読んだりと、不信感が積み重なってしまったのです。

 

 

2010年から『俺屍2』が発売されるまで、微力どころかまったく無力だったかもしれませんが、製作者の呼びかけに応じてツイッタで俺屍続編にむけて協力できたことはたいへん楽しかったです。そして面白いゲームが出来ると信じていました。

 

また、何だかんだ言っても『俺屍』は今でも大好きです。『俺屍2』も文句は言いながらも、楽しんでプレイしています。

 

だからこそ、今こうして製作者に対して不信感を持っていることが大変に悲しいです。