KATCATの巣

ふしあわせという名の猫がいる-だから私はいつもひとりぼっちじゃない

2019年12月に見終わったアニメ感想

 

 アニメ感想の題名を変えました。あと正確には正月休み中までなので2020年1月5日までに見終わったアニメ感想ですが、細かい事は気にしないで。

 トルネ君のおかげで観たいときに観たいアニメが見れるのは素晴らしいですね。

 

 

どろろ(最後まで視聴)

 設定がいろいろ重すぎでなので見るスピードがゆっくりになってしまったが、最後まで視聴しました。

 「鬼神と仏、どちらに振り切れても人でなくなる」、それが人なのかもしれない。だからこそ最後、まだどうなるか分からないものの希望が見える終わり方だったのは良かったと思う。

 

 

 

ダンベル何キロ持てる?』(最後まで視聴)

 『ゲンガンアシュラ』アニメ化ってこの番組で間違いないですよね。

OP・EDのインパクトが凄かったです。

 

 

 

『まちカドまぞく』(最後まで視聴)

 最初は主人公の家庭の貧乏・不幸具合にひいてしまったが、いつの間にか慣れてしまった。

 最後は話が重くなる方向に進んでいき、ちょっとこの作品にこのような要素は求めてないんですけどと思ったが、結局はシャミ子でした。

 

 

 

 実際に2019年12月に放送が終わった作品は観ずに、トルネ君が録画してくれていたアニメをのんびり見ている季節でした。

 

 

 

映画『天気の子』感想

 職場が胸糞悪い状況である。自分が担当の仕事が一段落ついた。という状況で、仕事行きたくないし今日一日ぐらい休んでも悪影響はないはずだし休んじゃえと言うわけです。

 

 そのような理由で仕事を休んで『天気の子』を観てきました。

 実は新海作品を見るのは初めてです。この作品も見るつもりはありませんでした。だって「恋愛作品に興味が持てない」人間なので、今作品も今までの作品も読んだ感想や評判を聞く限りでは絶対に僕に合わなさそうとしか判断できませんでしたから。

 ですがツイッタの短文ですが気になる感想が昨晩TLに流れてきた為にちょっとだけ興味を持ったところに、今日は仕事を休むことにしたので見に行くことにしたのです。

 

 で、その感想ですが「僕には合わないけど、楽しめた」です。

 他作品を出しながら感想を書いた方が個人的にはしっくりくるので、炎上しやすい方法だと思うのですが僕レベルが炎上するとは思えないのでそうしていこうかと。

 

 まず序盤は帆高の行動に全く共感を覚えず、イライラするだけだったので映画を見にしたのを後悔しました。なぜ帆高の行動にイライラするのかもいまいち理解できないわけですよ。

 行動原理は理解できるわけです。『小さな恋のメロディ』でトロッコに乗った二人のように帆高はフェリーに乗ったわけだ。なので行動原理は昔の僕だったら共感しかないはずなのに、イライラしてしまう。

 イライラする理由はやはり分からないのですが、一番説明しやすいのは「あの頃に絶対なりたくない大人になってしまったから」だと思います。絶対なりたくない大人になったから、あの頃なら共感できたはずの行動に共感を覚えずイライラしてしまうという説明ですよ。

 そのような説明が頭に浮かんだ時に、見る前に心配したのとは別の意味で僕に向いていない作品だと後悔してしまったわけです。

 そしてですね。今日の僕自身の行動を振り返ると、職場が胸糞悪い状況で居心地が悪いのでそれから逃げるために車に乗って映画館に来ているわけですよ。帆高と同じような行動原理なわけですよ。しかしその理由や覚悟はずっとショボい状態なわけですよ。

 それに気づいた時に、帆高にイライラしている自分に憐れみの笑いを上げたくなりましたよ。映画館ですから我慢しましたけど。

 

 そのように観たことを後悔していましたが、話が進むにつれて僕でも興味が持てる話になってきました。それは少年少女が自分の物理的・精神的な居場所や役割を見つけ出す物語です。

 帆高は島で居心地が悪いと感じ居場所がないと思いフェリーに乗った。その後孤独な生活を送るが、雑誌編集事務所という物理的な居場所やそこのスタッフや天野家との交流で精神的な居場所を得ていく物語。

 陽菜は弟との居場所を守るために頑張っているが、自分の社会的な立場から守れずにいた。それを「晴れ女」のサービスで居場所を守ることを、そして自分の力が皆の笑顔を作ることが出来るという役割を手に入れるわけです。

 えぇ、何者になるのか分からない少年少女が頑張る話は大好きです。何物にもなれなかった者が何物でもないなかで生活している話も大好きですが。

 それはともかくとしてだ。他作品的には『魔女の宅急便』でキキが宅急便の仕事を頑張っていく感じですかね。ちょっと違うことは分かりますけど、そんな方向性の楽しみ方が出来ました。

 

 そして最後は『イリヤの空UFOの夏』です。大好物です。最後いろいろ賛否両論な気がしますが、僕は賛です。だって世界なんて、どうせもともと狂ってんだから。

 

 という風に最初は観に来た事を後悔していたのですが、段々楽しめました。しかしそれでも最初に書いた通り「僕には合わない」という感想が強いわけです。上手く言えないけど、「なるほど、僕向けの作品ではないよな」という感覚に襲われます。

 しかしそれでも最後には楽しめたと思えた要素には映像の良さやシーンの良さがありますた。今回はストーリーメインの感想でしたが、陽菜が雨を晴れにする場面や帆高が線路を廃ビルに向かって走るシーンは素敵だと思いました。

 

 実は映画館で映画を見るのはおそらく一年以上振りなのです。なので「僕には合わないけど、楽しめた」という中途半端な感想ですが、それでも映画館で見る映画は素晴らしいなと思えた作品です。

 落としたり上げたりまた落としたり上手く伝わらない感想だとは自分でも思いますが、人の心は複雑怪奇。僕の感想はただひねくれているだけかもしれませんが、それでもこれだけの長文を書きたくなる映画だった事は確かです。

 

 

2019年3月終了アニメ感想

 

 2019年3月に終了したアニメの感想です。

 

 

『私に天使が舞い降りた』(最後まで視聴)

 個人的にはひなたが可愛いと思いました。

 それはともかくとしてだ。僕は『うちのメイドがウザすぎる!』が受け入れられなかったんですよ。いくら何でも犯罪だし少女が可哀想だろうと。

 なので嫌がる少女をお菓子で釣ってコスプレさせて写真を撮りまくるみゃー姉に最初は嫌悪感を感じたのに、なのにいつの間にか嫌悪感を感じることなくそのまま視聴していました。

 そうなると『うちのメイドがウザすぎる!』と『私に天使が舞い降りた』の違いって何だろうか?というか、昔の僕なら『うちのメイドがウザすぎる!』も受け入れたのでは?逆に考えるとそのうち僕は『私の天使が舞い降りた』も受け入れなくなる?

 とか考えていたのですが、僕は『ゲノム』という緑色のセクハラロボットがエルフにセクハラしまくる漫画を喜んで読んでいる人間なのです。ますます僕の基準が分からなくなってきました。

 そして個人的にはひなたが可愛いと思いました。

 

 

 

ブギーポップは笑わない(2話録画失敗)

 変則的な放送で一話と二話を連続しての放送だったらしい。そんなことを知らない僕はトルネ君に一話しか録画をお願いしていなかったので、当然録画失敗。

 そのまま視聴する事を止めてしまいました。

 

 

 

モブサイコ100』(二期)(1話で視聴停止)

 原作大好きで一期も楽しみました。当然二期も楽しみでした。

 が、二期の最初が主人公が全校生徒の前で恥をかく話から始まったので、いたたまれない気持ちになって視聴を停止してしまいました。

 これが期の途中ならまだ見れたかもしれません。しかしいったん中断した後の最初に恥をかく話だと、助走が無い状態で障害物を飛ぶような感じで躓いてしまいました。

 

 

 

盾の勇者の成り上がり(視聴せず)

 視聴もしていないし、漫画版の試し読みしか読んでいないので、あーだこーだ言う権利はない事は理解しています。それでも言わせてください。

 どうして可愛い少女を急成長させたんですか。急成長超人はピークア・ブーだけで十分ですよ。以上。

 

 

 

 

2018年12月終了アニメ感想

 

 2018年12月に終了したアニメの感想です。

 

 

 

Ingress(途中で視聴停止)

 アニメが始まる前に

 ツイッターでこんな感じで呟いていたのです。

 その呟きのとおり頭に「?」を浮かべながら視聴する状態が続き、その状態に疲れたから視聴を停止しました。

 

 

 

からくりサーカス(途中で視聴停止)

 昔の名作を知らない人たちにも知ってもらうという意図かもしれません。それなら成功なのかもしれません。ですがエピソードが丸ごと無くなったりとかだと、コミックスを持っているものですから、わざわざアニメで観ずにコミックスを読み返します。

 『うしおととら』の時にも思った事なんですけどね。

 

 

 

やがて君になる(途中で視聴停止)

 原作をコミックスで追いかけている人間でして、このブログで書いた感想がこれ↓。

仲谷鳰『やがて君になる』感想 - KATCATの巣

 

 で、上の記事でも書いているのですが、僕は元々が恋愛作品が苦手な人間です。なのに原作は面白いと思ってしまい追いかけているのです。そのことを前提に。

 

 僕は恋愛作品が苦手な人間なので、途中で視聴が辛くなって停止してしまいました。

 

 原作は追いかけているのに?と自分でも思ったのですが、おそらくこれはメディアの差だと思います。

 漫画は自分で読むペースを調整できるので恋愛的な要素を軽めに読んでいたのだと思います。しかしアニメは自分でペースを調整できないので、そのために苦手な部分がどうしても強く当たってしまったのではないかと。

 

 

 

ゴールデンカムイ 第二期』(最後まで視聴)

 前期でとてつもなく大活躍していた熊勢力がほとんど出てこなかったので寂しかったクマ~~。

 

 

 

『となりの吸血鬼さん』(最後まで視聴)

 血液以外駄目ってことは、吸血鬼なのにトマトを食べないのか。なんて思ったのですが、吸血鬼=トマトOKってどこからの設定なんですかね?それはともかくトマトを食べれたら、灯が家の周りでトマト栽培を始めていたと思う。

 といった感じでどうでもいいことを適当に思い浮かべなら視聴していました。

 

 

 

ゾンビランドサガ』(最後まで視聴)

 とても面白かった。アイドルに興味はないけど、ゾンビで佐賀なので見てみた。

 

 一話のライブシーン。ゾンビの首がもげるほどのヘドバンで「これは凄いアニメになるのでは!!」と期待を膨らました。

 

 二話でゾンビが記憶を取り戻したあたりで、ゾンビパフォーマンスは難しくなるだろうし、アイドル関係のやりがい搾取が問題になったりしていたしで、やっぱりコレ駄目かもしれんと思った。しかしラップバトルでオールオーケー。

 三話以降はゾンビだからできる話を楽しむことが出来ました。

 

 観ながら考えた事とか思った事については

・実は巽もゾンビなのでは?

・正体不明のたえが何かのカギ?

・ゾンビアイドルならゾンビ姿も受け入れられるようにならなければいけないのでは?

とかですが、カスリもしなかったあたりが最高。

 

歴史学を学んだこののない人間による「歴史学」とはなにか

 

 二年前にこのブログの『歴史の楽しみ方の2パターン』で、歴史の楽しみ方を「歴史学好き」と「歴史物語好」に分けました。

 

 この分け方を元に、このブログの半月前の記事『歴史を学んだことのない人間による「歴史」とは何か』で歴史を「歴史学」と「歴史物語」に分けました。

 

 そして『「歴史に学ぶくらいならワンピースを」日本史学者・呉座勇一の警告』を読んだ際の問題提起として、呉座先生は「歴史=歴史学」と扱っているが、世間一般では「歴史=歴史学+歴史物語」もしくは「歴史=歴史物語」と認識しているので、それが誤解を生じているのでいるのではと推測しました。

 

 ここまでが前回のおさらいです。

 

 ところでです。歴史を「歴史学」と「歴史物語」に分けたのはいいですが、「歴史学」って何ですかね?

 世間一般では「英語のhistorystory語源が同じ」という俗説が流れているように、「歴史=歴史物語」と認識して「歴史学」を認知していないケースすら見られる状況です。

 呉座先生は「歴史学の手法をぜひ知ってほしい」と語っていますが、それ以前に世間一般では「歴史学」を認知していないケースすら見られる以上は、「歴史学」とは何かから始める必要があるのでは?と思ったわけです。

 

 僕は二年前に歴史の楽しみ方を「歴史学好き」と「歴史物語好き」に分けました。でしたら「歴史学」とは何かを説明できるだろと言われそうですが、正直なところ全く自信がありません。

 この記事の題名のとおり僕は歴史学を学んだことがありませんし、このサイトで何度か書いてある通り「歴史物語好きだが、より深く物語を楽しむために歴史学にも手を伸ばしている」人間です。

 そのような人間が歴史学について書いても、正解をかけるはずがありません。それでもそのような人間が「歴史学」についてどのように理解しているかを書けば、少しは「歴史学」に対する理解の手助けになるのではと思い書き始めました。

 

 

 僕が歴史学をどのように考えているかというと「本当かどうかを疑う事」と「確かな証拠を提示する事」の二つに分けれると考えています。

 

 

 まずは「本当かどうかを疑う事」について。

 僕が中学に入学したときに数学教師が小学校の算数と中学校からの数学の違いを語った事があるのです。

 算数とは「1+1=2」が分かる事で、数学は「1+1=2」が本当なのかを確かめる事と最初に話し始めました。

 この話を聞いた時には僕は「1+1=2なのは当たり前なのに何を言っているのか?」とこの教師の言っていることを小馬鹿にしました。

 そのあと教師は、「1/3 = 0.3333・・・・・」と、習ったはず。

そして「1/3 × 3 = 1」と算数で習ったはずだ。しかし「0.3333・・・・・ × 3 = 0.9999・・・・・」と1にはならない。「1/3 = 0.3333・・・・・」と同じ数字のはずなのに答えが違うのはなぜかと、それを確かめるのが数学だというのです。

 

 その数学教師が言ったことと、歴史学も一緒だと思うのです。たとえば通説で「1192年鎌倉幕府成立」だったのですが、それが事実かどうかやその理由や解釈が本当に適切かどうかを確かめた結果「1185年に成立」になったり、「1180年」説が出てきたりするわけです。

 この場合は歴史学的には「いつ、鎌倉幕府が成立したか」よりも「なぜ、この時に鎌倉幕府が成立したと考えるのか」と、「いつ」よりも「なぜ」が大切なテーマだと考えます。

 

 

 次は「確かな証拠を提示する事」について。これについては、永井豪『闇の宴』より学者の小松和彦先生と漫画家の永井豪先生の会話を抜粋します。

 

小松和彦先生(学者)「作家はいいですね。作家は想像でものを言えるから。学者はそうはいきません」

「確かな証拠がないことは言えません。それが学者の研究というものです」

「たとえばAという証拠とCという証拠があるとすると、間をつなぐBはこれこれこうなるというわけにはいかないんですね。Bに証拠がなければそれは推測に過ぎないわけです」

「どんなにBしかないと思っていても、証拠を提示できなければ学説になりません」

 

永井豪先生(漫画家)「なるほど、学者ってたいへんだなー」

「その点、作家は推測や想像でものを言うのが商売のようなもんだよね」

「つくづく自由だ」

 

 学者と漫画家の二人の会話が、僕が歴史を「歴史学」と「歴史物語」にわけた大本の源流であり、「歴史学」とは何かと考える大元なのです。

 

 これを読むと歴史学は窮屈でつまらない物だと思われるかもしれません。しかし「歴史物語好きだが、より深く物語を楽しむために歴史学にも手を伸ばしている」人間なので歴史学の本質に触れたことがないのですが、それでも歴史学は面白いと思います。

 

 ただし歴史物語とは面白さの質が違います。歴史物語の面白さが永井豪先生がいうとおり推測や想像でものを言うイマジネーションの面白さだとしたら、歴史学の面白さはパズルのようにピースにあう証拠を少しづつ埋めていくロジックの面白さだと思います。

 

 

 このように歴史学とは「本当かどうかを疑い」そして「確かな証拠を提示する事」だと理解しています。

 

 というか8月に読んだ記事を読んで、「そもそも歴史学とはなんじゃらほい」と自分の中で整理を開始したことから書き始めた記事なんです。

 しかし書きながら「歴史学を学んでいない僕が、歴史学を語るって傲慢だよな」とか「そんな僕が歴史学について語っても、間違いである可能性が高いよな」とか思っては筆を止めたり。

 「でも歴史学って、いったいどういう事を指すのか世間一般で理解されていない感があるよな」とか「それについて歴史学な人々に語ってもらいたいけど、それどころか歴史=歴史学で語ってしまい歴史物語な人々に喧嘩売ってしまっているよな」という思いで「だったら少しでも間を取り持ちたいな」と思いまた書き始めたり。

 そうこうしているうちに4カ月が過ぎて何とか書き上げました。断続的に書いたものだから、文章がちぐはぐになっているし、もうアレですが少しでも間を取り持ち出来たらいいなぁと思いつつ、終了。