KATCATの巣

ふしあわせという名の猫がいる-だから私はいつもひとりぼっちじゃない

2019年3月終了アニメ感想

 

 2019年3月に終了したアニメの感想です。

 

 

『私に天使が舞い降りた』(最後まで視聴)

 個人的にはひなたが可愛いと思いました。

 それはともかくとしてだ。僕は『うちのメイドがウザすぎる!』が受け入れられなかったんですよ。いくら何でも犯罪だし少女が可哀想だろうと。

 なので嫌がる少女をお菓子で釣ってコスプレさせて写真を撮りまくるみゃー姉に最初は嫌悪感を感じたのに、なのにいつの間にか嫌悪感を感じることなくそのまま視聴していました。

 そうなると『うちのメイドがウザすぎる!』と『私に天使が舞い降りた』の違いって何だろうか?というか、昔の僕なら『うちのメイドがウザすぎる!』も受け入れたのでは?逆に考えるとそのうち僕は『私の天使が舞い降りた』も受け入れなくなる?

 とか考えていたのですが、僕は『ゲノム』という緑色のセクハラロボットがエルフにセクハラしまくる漫画を喜んで読んでいる人間なのです。ますます僕の基準が分からなくなってきました。

 そして個人的にはひなたが可愛いと思いました。

 

 

 

ブギーポップは笑わない(2話録画失敗)

 変則的な放送で一話と二話を連続しての放送だったらしい。そんなことを知らない僕はトルネ君に一話しか録画をお願いしていなかったので、当然録画失敗。

 そのまま視聴する事を止めてしまいました。

 

 

 

モブサイコ100』(二期)(1話で視聴停止)

 原作大好きで一期も楽しみました。当然二期も楽しみでした。

 が、二期の最初が主人公が全校生徒の前で恥をかく話から始まったので、いたたまれない気持ちになって視聴を停止してしまいました。

 これが期の途中ならまだ見れたかもしれません。しかしいったん中断した後の最初に恥をかく話だと、助走が無い状態で障害物を飛ぶような感じで躓いてしまいました。

 

 

 

盾の勇者の成り上がり(視聴せず)

 視聴もしていないし、漫画版の試し読みしか読んでいないので、あーだこーだ言う権利はない事は理解しています。それでも言わせてください。

 どうして可愛い少女を急成長させたんですか。急成長超人はピークア・ブーだけで十分ですよ。以上。

 

 

 

 

2018年12月終了アニメ感想

 

 2018年12月に終了したアニメの感想です。

 

 

 

Ingress(途中で視聴停止)

 アニメが始まる前に

 ツイッターでこんな感じで呟いていたのです。

 その呟きのとおり頭に「?」を浮かべながら視聴する状態が続き、その状態に疲れたから視聴を停止しました。

 

 

 

からくりサーカス(途中で視聴停止)

 昔の名作を知らない人たちにも知ってもらうという意図かもしれません。それなら成功なのかもしれません。ですがエピソードが丸ごと無くなったりとかだと、コミックスを持っているものですから、わざわざアニメで観ずにコミックスを読み返します。

 『うしおととら』の時にも思った事なんですけどね。

 

 

 

やがて君になる(途中で視聴停止)

 原作をコミックスで追いかけている人間でして、このブログで書いた感想がこれ↓。

仲谷鳰『やがて君になる』感想 - KATCATの巣

 

 で、上の記事でも書いているのですが、僕は元々が恋愛作品が苦手な人間です。なのに原作は面白いと思ってしまい追いかけているのです。そのことを前提に。

 

 僕は恋愛作品が苦手な人間なので、途中で視聴が辛くなって停止してしまいました。

 

 原作は追いかけているのに?と自分でも思ったのですが、おそらくこれはメディアの差だと思います。

 漫画は自分で読むペースを調整できるので恋愛的な要素を軽めに読んでいたのだと思います。しかしアニメは自分でペースを調整できないので、そのために苦手な部分がどうしても強く当たってしまったのではないかと。

 

 

 

ゴールデンカムイ 第二期』(最後まで視聴)

 前期でとてつもなく大活躍していた熊勢力がほとんど出てこなかったので寂しかったクマ~~。

 

 

 

『となりの吸血鬼さん』(最後まで視聴)

 血液以外駄目ってことは、吸血鬼なのにトマトを食べないのか。なんて思ったのですが、吸血鬼=トマトOKってどこからの設定なんですかね?それはともかくトマトを食べれたら、灯が家の周りでトマト栽培を始めていたと思う。

 といった感じでどうでもいいことを適当に思い浮かべなら視聴していました。

 

 

 

ゾンビランドサガ』(最後まで視聴)

 とても面白かった。アイドルに興味はないけど、ゾンビで佐賀なので見てみた。

 

 一話のライブシーン。ゾンビの首がもげるほどのヘドバンで「これは凄いアニメになるのでは!!」と期待を膨らました。

 

 二話でゾンビが記憶を取り戻したあたりで、ゾンビパフォーマンスは難しくなるだろうし、アイドル関係のやりがい搾取が問題になったりしていたしで、やっぱりコレ駄目かもしれんと思った。しかしラップバトルでオールオーケー。

 三話以降はゾンビだからできる話を楽しむことが出来ました。

 

 観ながら考えた事とか思った事については

・実は巽もゾンビなのでは?

・正体不明のたえが何かのカギ?

・ゾンビアイドルならゾンビ姿も受け入れられるようにならなければいけないのでは?

とかですが、カスリもしなかったあたりが最高。

 

歴史学を学んだこののない人間による「歴史学」とはなにか

 

 二年前にこのブログの『歴史の楽しみ方の2パターン』で、歴史の楽しみ方を「歴史学好き」と「歴史物語好」に分けました。

 

 この分け方を元に、このブログの半月前の記事『歴史を学んだことのない人間による「歴史」とは何か』で歴史を「歴史学」と「歴史物語」に分けました。

 

 そして『「歴史に学ぶくらいならワンピースを」日本史学者・呉座勇一の警告』を読んだ際の問題提起として、呉座先生は「歴史=歴史学」と扱っているが、世間一般では「歴史=歴史学+歴史物語」もしくは「歴史=歴史物語」と認識しているので、それが誤解を生じているのでいるのではと推測しました。

 

 ここまでが前回のおさらいです。

 

 ところでです。歴史を「歴史学」と「歴史物語」に分けたのはいいですが、「歴史学」って何ですかね?

 世間一般では「英語のhistorystory語源が同じ」という俗説が流れているように、「歴史=歴史物語」と認識して「歴史学」を認知していないケースすら見られる状況です。

 呉座先生は「歴史学の手法をぜひ知ってほしい」と語っていますが、それ以前に世間一般では「歴史学」を認知していないケースすら見られる以上は、「歴史学」とは何かから始める必要があるのでは?と思ったわけです。

 

 僕は二年前に歴史の楽しみ方を「歴史学好き」と「歴史物語好き」に分けました。でしたら「歴史学」とは何かを説明できるだろと言われそうですが、正直なところ全く自信がありません。

 この記事の題名のとおり僕は歴史学を学んだことがありませんし、このサイトで何度か書いてある通り「歴史物語好きだが、より深く物語を楽しむために歴史学にも手を伸ばしている」人間です。

 そのような人間が歴史学について書いても、正解をかけるはずがありません。それでもそのような人間が「歴史学」についてどのように理解しているかを書けば、少しは「歴史学」に対する理解の手助けになるのではと思い書き始めました。

 

 

 僕が歴史学をどのように考えているかというと「本当かどうかを疑う事」と「確かな証拠を提示する事」の二つに分けれると考えています。

 

 

 まずは「本当かどうかを疑う事」について。

 僕が中学に入学したときに数学教師が小学校の算数と中学校からの数学の違いを語った事があるのです。

 算数とは「1+1=2」が分かる事で、数学は「1+1=2」が本当なのかを確かめる事と最初に話し始めました。

 この話を聞いた時には僕は「1+1=2なのは当たり前なのに何を言っているのか?」とこの教師の言っていることを小馬鹿にしました。

 そのあと教師は、「1/3 = 0.3333・・・・・」と、習ったはず。

そして「1/3 × 3 = 1」と算数で習ったはずだ。しかし「0.3333・・・・・ × 3 = 0.9999・・・・・」と1にはならない。「1/3 = 0.3333・・・・・」と同じ数字のはずなのに答えが違うのはなぜかと、それを確かめるのが数学だというのです。

 

 その数学教師が言ったことと、歴史学も一緒だと思うのです。たとえば通説で「1192年鎌倉幕府成立」だったのですが、それが事実かどうかやその理由や解釈が本当に適切かどうかを確かめた結果「1185年に成立」になったり、「1180年」説が出てきたりするわけです。

 この場合は歴史学的には「いつ、鎌倉幕府が成立したか」よりも「なぜ、この時に鎌倉幕府が成立したと考えるのか」と、「いつ」よりも「なぜ」が大切なテーマだと考えます。

 

 

 次は「確かな証拠を提示する事」について。これについては、永井豪『闇の宴』より学者の小松和彦先生と漫画家の永井豪先生の会話を抜粋します。

 

小松和彦先生(学者)「作家はいいですね。作家は想像でものを言えるから。学者はそうはいきません」

「確かな証拠がないことは言えません。それが学者の研究というものです」

「たとえばAという証拠とCという証拠があるとすると、間をつなぐBはこれこれこうなるというわけにはいかないんですね。Bに証拠がなければそれは推測に過ぎないわけです」

「どんなにBしかないと思っていても、証拠を提示できなければ学説になりません」

 

永井豪先生(漫画家)「なるほど、学者ってたいへんだなー」

「その点、作家は推測や想像でものを言うのが商売のようなもんだよね」

「つくづく自由だ」

 

 学者と漫画家の二人の会話が、僕が歴史を「歴史学」と「歴史物語」にわけた大本の源流であり、「歴史学」とは何かと考える大元なのです。

 

 これを読むと歴史学は窮屈でつまらない物だと思われるかもしれません。しかし「歴史物語好きだが、より深く物語を楽しむために歴史学にも手を伸ばしている」人間なので歴史学の本質に触れたことがないのですが、それでも歴史学は面白いと思います。

 

 ただし歴史物語とは面白さの質が違います。歴史物語の面白さが永井豪先生がいうとおり推測や想像でものを言うイマジネーションの面白さだとしたら、歴史学の面白さはパズルのようにピースにあう証拠を少しづつ埋めていくロジックの面白さだと思います。

 

 

 このように歴史学とは「本当かどうかを疑い」そして「確かな証拠を提示する事」だと理解しています。

 

 というか8月に読んだ記事を読んで、「そもそも歴史学とはなんじゃらほい」と自分の中で整理を開始したことから書き始めた記事なんです。

 しかし書きながら「歴史学を学んでいない僕が、歴史学を語るって傲慢だよな」とか「そんな僕が歴史学について語っても、間違いである可能性が高いよな」とか思っては筆を止めたり。

 「でも歴史学って、いったいどういう事を指すのか世間一般で理解されていない感があるよな」とか「それについて歴史学な人々に語ってもらいたいけど、それどころか歴史=歴史学で語ってしまい歴史物語な人々に喧嘩売ってしまっているよな」という思いで「だったら少しでも間を取り持ちたいな」と思いまた書き始めたり。

 そうこうしているうちに4カ月が過ぎて何とか書き上げました。断続的に書いたものだから、文章がちぐはぐになっているし、もうアレですが少しでも間を取り持ち出来たらいいなぁと思いつつ、終了。

 

 

 

 

 

 

2018年9月終了アニメ感想

 

ネット回線が不通になったために一か月遅れですが、2018年9月に終了したアニメの感想です。

 

 

 

ヤマノススメ サードシーズン

 僕がこのアニメに求めていたのは、山登りの楽しさを伝える事でした。

 なのでクラスメイトと仲良くなっただとか、親友との心のすれ違いとかは全く期待していなかったので、途中で視聴をストップしてしまいました。

 作品の良しあしではなくて僕との相性や期待の方向が違ったためです。

 

 

 

『邪神ちゃんドロップキック』

 邪神ちゃんが屑すぎてそして屑の扱いを受けて、いろいろ酷いけど楽しく見れてしまった。

 

 

 

『アンゴルモア~元寇合戦記~』

 原作を途中までは読んでいましたが、途中からはまだ購入していないために読んでいないなかで視聴。一瞬希望が見えたかと思ったらすぐに潰えてしまう絶望的な状況がヒリヒリ来ます。

 原作と構成を変えて、柿の木の話をあそこに持ってきたのはすごいと思いました。

 

 

 

歴史学を学んだこののない人間による「歴史」とはなにか

 

 最近、『「歴史に学ぶくらいならワンピースを」日本史学者・呉座勇一の警告』を読みました。

 

 研究者ではない歴史好きに大好評のようですし、呉座先生が何を言いたいのかは理解できます。

 ですが僕は「歴史物語好きで、物語をより楽しむために歴史学にも手を伸ばしている」人間なので、「歴史を『物語化』するのは全くお勧めしません」を読むとちょっとカチンときてしまいます。

 言いたいことは分かるはずなのになぜカチンとくるのかと、自分の心情が不思議に思えていろいろ考えていたのです。

 

 前にこのブログで『歴史の楽しみ方の2パターン』として「歴史好き」を「歴史学好き」と「歴史物語好き」に分けた事があります。それを元に大雑把に「歴史」を「歴史学」と「歴史物語」に分けて考えたら答えが見えてきました。

 

 呉座先生は歴史学者なので当然のように歴史を「歴史学」として語っているのに対して、僕のような「歴史物語好きで歴史学にも手を伸ばしている」人間にとって歴史は「歴史=歴史学+歴史物語」なのです。

 要するに同じ「歴史」といっても呉座先生と僕とではその意味が違っていたために誤解が発生しカチンときたわけですね。

 このような事を視野に入れて再度読んだら呉座先生の発言は「歴史物語を史実と勘違いするな」になり、僕が前から言ってきている事と一緒なのでそりゃあ言いたいこともわかるはずだとなるわけです。

 

 無事解決・・・・・と言いたいところですが、その上で問題提起を。

 この文章は発表媒体からすると、研究者や歴史学好きにではなくて一般読者に向けた文章ですよね。

 統計とか取ってないのでエビデンスとか無いですが、世間では僕みたいに「歴史=歴史学+歴史物語」と思っている人が、もしかしたら「歴史=歴史物語」と思っている人が多いですよね。

 それなのに何の説明もなく「歴史=歴史学」としたら、勘違いが生じて当然でしょう。歴史学好きの人が、「誤解した人たちは読解力が無い」と言っているのを見ました。しかし読解力だけの問題ではないと思いますよ。

 

 かなり大雑把なのは重々承知ですが、「歴史=歴史学+歴史物語」「歴史=歴史物語」が世間での理解かと思います。

 ですので一般読者向けの文章に何の説明もなく「歴史=歴史学」としたら、当然誤解を意味ますし、誤解を読解力の問題のみにしたら折角の主張も伝わらないと思います。